スマホの『MENU』は右上☝

神唄とシマ唄

この記事は約9分で読めます。

川畑さおり"唄神を求めて”ツアー

2015年10月20日午前9時奄美の鑑定所に、奄美の若手唄姫として名高い"川畑さおり”さんが訪ねてきてくれた。
先にメールでのやり取りで受けていた依頼はこうだ、「奄美の唄神からパワーを貰いたい」私自身もとても興味がある内容でしたのでお受けした。

《解説》

奄美のシマ唄(シマ=村)は神様との交信から自然に出来上がってきたものとの考え方もある。特徴はグインと呼ばれる裏声を使ったコブシ、この裏声を取り入れるようになった経緯が謎に包まれていて、神様と交信する為に裏の声(霊界に通じる声)を使ったとか、奄美は山深い島ですので、山で仕事をする者達が遠くまで届く声として連絡を取るために使った事が始まりとか色々と説があります。

しかしながらグインはお国を問わず聞く人の魂を揺さぶり涙を誘う不思議な発声方法として注目されるようになった。あるテレビ番組でグインは何故涙を誘うかの調査で海の波が押しては返す微妙に正確ではない地球のゆらぎF/1が検出され、これが涙を誘う理由ではないかと締めくくっていました。
*グインを使うメジャー歌手:元ちとせ、中孝介、城南海、朝崎郁恵

シマ唄を唄う者達から、特別な神唄と言われる「東日ぬ春加那(あがれひぬはるかな)」という唄がある。この唄を練習中に白い着物の女性が通るのが見えた、ステージで唄っていると霊感の強いお客さんは何かしらの反応を言ってくるとても不思議な唄であるという。

ある時、奄美の大御所唄者の築地俊造のライブを間近で見る機会があったので、この唄をリクエストしてみた。

さすが大御所、魂を込めて唄ってくれました。すると私の目の前にはこんなビジョンが広がりとても切なくなりました。

ノロ(琉球王朝時代各村に配置された公的祈り女人=神主のような役割)が薩摩の武士に身体をロープで縛られ民衆の前で馬で引きずり廻されている。ボロボロの服を着て貧しい島民達の唯一心の救いである神様の象徴がいとも簡単に捉えられ、薩摩の権力が示されていた。その時の民衆の悲鳴や泣き叫ぶ声を感じてとても胸が苦しくなりました。

この唄はいつどのような経緯で作られたのかどんな意味を持つ唄なのかは謎に包まれた部分が多いと言われているようです。


さて、ユタ神様の神唄とはどんなものか?
それは、単調なリズムとメロディが繰り返される掛け合いのような唄です。いわゆる何かの動作を後押しするような、昔の仕事唄のようなものです。

読み書きができない時代に人間はリズムとメロディで色んな事を表現し、そして残してゆくべき事は唄に託して伝えて行こうとしたんだと思います。時には先祖の魂が現代のシャーマンユタ神様の身体を使って唄いだすという事もあります。

こんな興味深い出来事がありました。

親神様(ユタの師匠)の所で年に一回の大きな神祭りが行われていました。そこに10数名のユタ神様が集まり、親神様の太鼓のリズムに合わせた神唄で神懸りを発動させて、一人ずつ神様の前で踊りを奉納する。シマ唄の好きな親神様は後半楽しくなってきたのか、太鼓をやめて三味線を取り出し弾き始めた。すると子神様達(ユタの弟子)が途端にシラフになり誰も神懸かりになれなくなってしまったのです。

そして、若い子神達から「親様、太鼓でお願いします、太鼓以外の音では神様は乗って来ないのです」親様は笑いながら、すまんすまんと言って、太鼓に持ち変えると途端にまた子神達は激しい神がかりで踊りだすという事がありした。

古代から受け継がれてきた打楽器のリズムとメロディが遺伝子に残された記憶を発動させてるかのようにも感じます。

ツアー開始

まずは神様からのメッセージをさおりに伝えた。

《シマ唄を練習する時は山の高い場所で海に向かって唄いなさい。声が自然と調和した時、その声は白く美しい螺旋を描き天に届く。その印として鳥が頭上で旋回するであろう》

「ありがとうございます、確かに外で唄っていると鳥が寄って来ることがあります、不思議に思っていたんですが、そういう事だったんですね」

さおりの目は水晶のようにキラキラ輝きを放っていた、まるで魂の母親に出会い甘えている子供のようだった。

海神様にご挨拶

私の運転する車で円集落に到着。

神事は禊から始めるという作法がありますので、これから神と会う為に身を浄めます。

裸足になり、しっかりと海の水に足を入れて、ススキを使って身の祓いをします。
そして私の聖地でもある祭り石の前で神様に今日の目的等をご報告し、祝詞を唱え神唄を捧げました。

実はさおりは気付いていなかったと思いますが、神様が起こす動きによるサインがさおりの身体に少し現れていました。この時神様はさおりを歓迎している、そう確信いたしました。

それから、更に神様の波動をキャッチしやすくする為に、この場所でヒーリングも行いました。

川畑さおり

水神様へご挨拶

バス停の横の道を入っていくと、"まどか商店”がある。
いつも川に入る時はハブ情報の収集とこちらで線香と焼酎等を購入している。

すると、見知らぬ男性がさおりに話しかけてきた。

あんた、どっかで見たことある顔だね~

さおり「さて、誰でしょう?」

ん~??

さおり「今日は喜界島から来ました」
満点の笑顔でそう言うと

あ~~!
川畑さおりじゃがねー、新聞などでよく見るよ~、実物はこんなに綺麗だったの~!!
友達に自慢せんばじゃが、写真撮ってもいいかい~、著作権なんか大丈夫かい~。

さおり「大丈夫よ~、いっぱい撮ってね(笑)」

とても心温まるファンサービスの一幕でした。

お昼時に円小学校のスピーカーからシマ唄が聞こえる


山に入っていくと、神々しく光輝く、まるで妖精のようなトンボが迎えてくれた。

【学名】Matrona basilaris

さすが島っ子、ハブをも恐れず険しい崖のような山道を転ぶことなくついてくる、長い手足をとても器用に使いこなしているようだ。

そして、水神様にもご挨拶、ますます動きのサインが強くなってきた。

さおりのリクエストもあり、三味線を扱う者としてどうしても見てみたいというので帰りに少し寄り道しました。

神様が遊ぶ場所と言い伝えられている黒檀の木です。

釘も通さないと言われるほど硬い木で、三味線の竿に使われると30万以上の最高級の三味線となります。今ではあまり見られなくなりとても貴重で三味線業者が買いたいと来るそうですが、売られる事なく神の木として大切にされています。

シマ唄の聖地で唄う

島唄の先人 阿世知牧直の碑

安木屋場近くにある海の見える高台、シマ唄を練習する場所としては最高の場所だ。

ここで海を眺めながら弁当を食べた。
食べて直ぐ唄うのは難しいと言いながらも凄い声量で唄っていた。


そして、この場所から今井大権現神社に向かう途中にあるソテツ群が見えるパワースポットでパワーを貰う

今井大権現神社

今井大権現神社に到着。
明日は旧暦9月9日(今年は10月21日にあたる)で年に1回の大きなお祭りがある為、神社の中では明日の準備が行われていた。

実は私が奄美に到着した2015年10月14日に神主(ユタ神様)が亡くなりました。毎年10数人のユタが海辺に集まり神懸りをし、更に神社の上にある聖地で神懸りをする。一般の人が自由にユタの激しい神懸りを見る事ができる唯一の祭りが行われていた貴重な場所でもありました。

私もお通夜に出席し神主の奥様にご挨拶してお別れを告げてくる事ができました。祭りを見るための東京からのツアー等もあったようですが、今後このお祭りを見る事が出来なくなりました。但し元々古くから行われているこの地域の神社祭りですので、村の行事としては続けて行くそうで、引き継ぎの神主そしてその次の神主まで決まっているという事だそうです。

私も何度もお祭りに参加していましたし、神社の修繕で屋根に登ったりしてましたので、私にとっても縁の深い場所で複雑な想いです。

作業中の方々に、軽く挨拶をして神社の中に入り神棚の前で手を合わせる為に、線香を取ろうとした時に。

作業員:あ、そこ動かさないで!
私  :線香を取りたいのです。

作業員:そこの台に置いてある香炉は動かさないでね。

見てみると、なんと香炉の上に蛇の抜け殻があったのです。奄美ではハブは神様の使いという考え方もあり、その抜け殻はとても神深い意味を持つとされているのです。ここの神主が亡くなった後に発見されたこともあり、これはとても不思議な出来事として、大切にお祀りし、皆に見てもらいたいとの事だった。

そして、それらの事に注意を払い、さおりに神棚の前に座ってもらい、鈴と太鼓を打ち鳴らし、祝詞を唱えた後に、島唄の奉納をお願いしました。

さおりは静かに神棚に向かい背筋を伸ばし三味線を構えた。
ゆっくりと息を吸い、シマ唄を唄い始めた。

すると、周りの作業員達がピタリと手を止めてさおりの近くに集まってきた。
静まりかえった境内でさおりのシマ唄だけが響き渡った。

そして、奇跡が起こった!!

なんと、一曲唄い終わったと同時に、神棚の上に置いてあった紅白のお餅の紅の餅が一個ポタっと不自然に床に落ちたのだ。

と、同時に作業員達の拍手が鳴った。

作業員:「ここの神主もシマ唄が大好きな人だったので喜んだのでしょう。また、ここの神様は唄が好きで、私も前に1人で作業していた時に、いきなり何百という太鼓の音が鳴り響きだして恐ろしくなり、逃げて帰った事もあるんですよ」

作業員:「ん?・・・。あげ~!!よく見ると川畑さおりさんじゃがね~、第一声でただもんじゃないと判ったが、どうりで~、あんたの唄はとても懐かしい、涙がでるよ~」

ここでも、さおりは、にこやかに受け答えし、なんと、リクエストに答えて唄い始めたのだ、ファンの感動が伝わり私もとても嬉しくなりました。

そして、お茶を頂き、しばし座談会(笑)

降臨の地にて


降臨の地で私は太鼓を叩きユタ伝承の神唄を唄っていた。

横で静かに目を閉じ手を合わせていたさおりの身体がこのツアーで最大のサイン(動き)を見せ、唄神を求め続けてきたさおりに神が触れる瞬間をみたのだ。

それからさおりはシマ唄で場を浄める唄として大切にされている朝花節を奉納した。
まるで光に包まれ透明な神様と遊んでいるように見えた。

現在は関係者以外立ち入り禁止の場所です。

明日は加計呂麻島で行われる諸鈍シバヤという重要無形民俗文化財のお祭りでも唄う事になっているという。詳しい記事はこちら(安倍総理夫人も見学に)

旧暦9月9日神の月、二つの大きな祭典の地で唄う事になったさおりは間違いなく、唄神に招かれたのだと思う。

最後の締めはやはり六調です!
私も踊りました(楽しい)

神唄音源初公開

私の最初の親神様、故興ナツ子神様の貴重な音源を各30秒だけですが、シマ唄を学ぶ方達や奄美の文化に触れようとする方々に少しでもお役に立てる事を願い、ユタ神様伝承の神唄をここに公開致します。

ノロ願い

神様の起源、神様は何処から来てどう広がったのかが歌詞の中に記されています。
※現在公開を見合わせ中

テルコ願い

神様と神人合一する為の儀式の方法が記されています。
※現在公開を見合わせ中

天ミシャク

神様と盃を交わす時に唄う
※現在公開を見合わせ中

マブリワーシ

天国の親族と交信する儀式の時に唄う
※現在公開を見合わせ中

参考:シマ唄をもっと知りたい方へ

●奄美の文化やシマ唄を研究してみたい方はこちら
奄美シマウタ研究会 (東京・飯田橋)

円聖修をフォローする
ユタへの道