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聖地紹介

この記事は約23分で読めます。

撮影協力:プロカメラマン西田テル子、奥平純子、その他

解 説

ユタの聖地は自分だけの海と川の聖地がありますが、たいてい名もない場所ですので、ここではそれ以外に修行などで行く有名な聖地を紹介してみます。

ここで紹介する聖地は私がユタの世界にいて、知り得た場所です。ユタが聖地に行く目的は、簡単に言えば、「神様に力をもらいに行く」です。

聖地へ行くには、二通りのパターンがあります。

1)神様に呼ばれて行く場合

まず「夢知らせ」が始まります。夢で7日位、行くべき場所の風景を見せられ続け、呼ばれていると実感します。この場合は日柄とか関係なく単独で呼ばれるままにそこに行きます。

行くまでは、夢にうなされ動悸等も激しく瞳孔が開いた状態で落ち着きがない、ほっておくと最悪の場合記憶の無いまま夢遊病のように夜中でも歩き回ったりします。

たどり着いた時には、泣き喚くか踊り出すかの神懸かり的発作がでて、その最中になにかしらの教えをいただき、平常心を取り戻していきます。

この場合の聖地の数は個人個人で異なり、規則性はないようです。

2)神つなぎに行く場合(修行的意味合い)

*七カ所参り : 七カ所の聖地でつなぎをしながら一日で廻りきることを言います。お遍路さんのミニバージョンみたいな感じです。

*七日七夜参り : 一カ所に7日間通って祝詞を唱えながら断食をします。その間はシュギ(白玉団子)と水のみは許されています。

*数に関係なく行きたい場所へ行く場合もあります。

神様に挨拶をして認めてもらい、今後何かの時に助けてもらえるように祈願しに行きます。平常心の状態ですので、行く先は親ユタの指示やユタの間で情報交換をして決めます。

この場合は単独ではなくて、修行したい血気盛んな新人ユタ同士が集まって行くケースが多いようです。または身内のお供を連れて行きます。

複数で行く場合は人数を「神の数字」(奇数の3、5、7)にします。

日柄を決める場合、ユタは月の動きを意識して動きますので、暦は旧暦を使います。まず旧暦1、5、9月は神月と言われ神様の活動が活発化しますので、神のメッセージ等を受けやすくなります。この中で月を決めます。そして一般的な六曜で上吉日の日柄を選びます(大安吉日など)。

最後に満ち潮に合わせてユタ伝承の特別な方法で、海で身を浄めてからスタートします。

一般の方がこのサイトを見て行く場合の注意点

ここで紹介されている場所を見て強く惹かれる、または脈が早くなったりしたら行くべき場所かもしれません。その際はくれぐれもハブ等に注意して、自己責任において慎重に行動してください。

<日柄>
日柄は自由の効く方はユタの場合を参考にしていただければいいですが、一般の方は神つなぎをするわけではないので、そこまで気にしないで都合の良い時に行かれてかまいません。それでも十分に神気に触れることができると思います。行くだけでも神心のある素晴らしいことですので、神様は大変お喜びになります。気になる方は、一般的な六曜で大安、友引、先勝の順で考えればいいでしょう。

<服装>
できるだけ全身白系統の服装が好ましいです。女性の方は月経または出血など血のにおいをさせて行くのはタブーですので、お気をつけ下さい。神様は強い臭いを嫌いますので、香水や、できましたらお化粧も控えた方がよいです。

<お祈りの仕方>
聖地についたら、先ず自分の出生などを神様に伝え、何を目的に来たのか、願い事などして下さい。

後はゆっくりと深呼吸などしながら五感を研ぎ澄ませて、風の音・臭いそして海の水、川の水、岩にしっかり触れてしばらくジッとして下さい。魂の母に会えたような懐かしい感じと共に涙が溢れてくるはずです。そして上手く行けば精霊の唄がかすかに聞こえて来るはずです。海で大きめの貝殻に耳を当てると聞こえやすいと言われていますので、是非チャレンジしてみてください。

奄美の観光開発が進まず手付かずの自然が残っているのは神の島だからかもしれません。神々が生き生きとその場所にいらっしゃいます。

自然と共に生き、そして神の声に耳を傾け、皆で聖地を大事にしてほしいと思います。

ご相談頂き日程や費用の折り合いが付けば、私がガイドする事も可能です。


<奄美大島北部>


あやまる岬

ここは奄美の財産と言ってもいい素晴らしい眺めの場所です。観光スポットとして知られていますが、じつはユタの聖地であることはあまり知られてないと思います。とは言っても観光の場合は展望台から海を眺めて帰るパターンが多いので、聖地のある浜まではあまり下りることがないでしょう。

聖地は海岸に下りて左に行った所にあります。ここは善の神様と悪の神様が強いエネルギーで戦っている場所と言われています。

内地の人で何度も夢知らせを受けて、この聖地の山の斜面で古い刀と古銭を掘り当てたという話もあります。


用岬(笠利崎)

海上保安庁の現在の様子ライブカメラ

ユタの仲間Kさんは神がかりになった時、全身を紫の服に身を包み、一人でここに来て、「龍神じゃ、龍神じゃ」と叫びながら山に登ったそうです。この場所に来た時にどこからともなく平家一族の唄が聞こえて来たといいます。実際に昔ノロ達が祭りの場所として使っていたことがわかりました。その聞こえた唄も実在していた唄でした。

私達がここでお祭りを始め、太鼓を叩いていたら、上空を鳥が旋回し神秘的な光景をみることができました。他にもここに導かれるユタの話を聞くことが多いので、特別な力を持った場所と言えます。


多くのユタが引き寄せられ拝み水神様もいらっしゃる場所ですので、決して石や水を持って帰ったり、汚したりはなさらぬようにお願いいたします。

祟り(神障り)があると言われています。 

手を洗ったり体にかけたり飲んだりはかまいません。(現状を見て飲めるかどうかのご判断は自己責任でお願いいたします)

海岸


蒲生神社(蒲生崎観光公園内)

ここも観光地内にあります。蒲生崎展望台に行く道の脇道にあります。この場所は良い時期に行くと物凄い種類の蝶が出迎えてくれます。是非皆さんに見てもらいたいと思います。

美しい蝶のアーチ、いや、蝶のトンネルを潜る、まるで妖精の国に来たような素晴らしい体験ができます。しかし、悲しいかな業務用の大きい網を振り回している人を見かけたこともあります。貴重な奄美の自然を崩さないでほしいと思います。海に禁漁があるように禁蝶制限をしてほしいと願うところです。

さて、神社の話に戻ります。

ユタの祝詞の中にもこの場所は入っています。私がこの神社で神つなぎをしている時に霊感でキャッチした映像は、白い着物の武将が海際を馬に乗って弓を三本こちらに向かって放つというものでした。同行したユタ兄弟も弓矢が三本飛んでくる映像が浮かんだと言っていました。

あと、ユタの1人が体が引っ張られると言うので、神社の裏側から下のほうに少し歩いた所に井戸のような物があり、後で調べてみると、この神社のお祭りで力水としていただく行事があったみたいです。

ここは奄美の心霊スポットとしても有名で、馬が歩く蹄の音が聞こえたとか、お侍さんの姿を見たとか、肝試しにくる若者達もいます。

鳥居が二カ所あり、新しく歩きやすい道にできたものと、古い昔の鳥居があります。ユタは古い方をくぐって歩いていきますが、斜面がきついです。体力のある方は本物の道を歩いて行って下さい。

蒲生崎展望台からの眺め


打田原 (笠利町大字喜瀬)

打田原の海岸にまるで女神が立っているように見える岩があります。これを昔の人は人形岩とか女神岩とか呼んで信仰の対象にしていたみたいです。ノロとかユタもここで何かしらのお祭りをしていたそうです。

鯨浜の先に女神岩があります。ここに行くには少し水に濡れないとたどりつけませんのでご注意ください。下の写真は鯨浜で禊をしているところです。


大瀬海岸 (笠利町)

島ではフーシィ(大きい石)海岸

海岸に大きな丸い石がまるで海の上に浮かんでいるように見える幻想的な場所があります。

この海岸でユタが神がかりになりシロギン(白い着物)を着て刀を天に突き上げ走っている記録映像を見たこともあります。

じつは私の母親の本家のある場所です。ここに沖縄から箱舟で島流しにされてきたノロがこのシマに対してとても貢献したという話があり、その箱が漂流した場所等も大切にされていたようです。

また、この場所は奄美でもっとも渡り鳥の集まる場所で、バードウォッチャー達の聖地でもあります。

私も一度夜明けの時間に見に行ったことがありますが、それはそれはまるで天国かと思うぐらいに素晴らしい光景を見ることができました。大小さまざまな美しい鳥達が、信じられないくらい沢山の種類がいるのです。

上野動物園にも奄美のルリカケスという天然記念物の鳥が紹介されていました。そしてその説明文に、奄美は世界の渡り鳥のかなりの種類を見ることができる貴重な場所であると書いてありました。

お時間のある方にはお勧めいたします。


奄美開闢神 阿摩美姑神社

この神社は後から建てられたもの。本当に神様が降臨された場所はこの場所のすぐ近くの山の中で、石碑もありますが、かなり山深く入っていき、気軽には行けないので、この場所に建てられたのだろうと思います。

参拝者もけっこう来ていますし、本当の場所ともしっかり繋がっている感じを受けましたので、こちらの神社で参拝してもよいと思いますが、時間がある方は本当の場所を体感されたほうが良いと思います。

湯湾岳も開闢神が始めに降り立った場所とされていますが、研究者の間ではこちらが有力とされています。


<奄美大島中部>


今井崎・立神


「神様は岬の立神を目印に海から上がってくるんじゃよ」
神主(ユタ神様)が細い目をしてつぶやきました。

ここ安木屋場(あんきゃば)の海岸では、集落の方々が漁師や海を越えて遠くに行っている人の安全祈願をしています。

それはその昔この近辺で船で遭難しかかった時、シロドリ(白鳥)の姿を借りた神様が道案内をして助けてくれたという伝説が残っているからです。その神の化身シロドリをこの岬の山の上にある今井権現という神社に祀ってあります。

ここでの聖地は二カ所あります、立神に向かって、長瀬とその先の岩の間です。神社に登る時はこの海岸で禊をして上がりましょう。


今井大権現

神社のある場所のすぐ上に神様が降臨したとされる場所があります。その昔旧暦の九月九日は各シマ(集落)のノロが集まり、盛大にお祭りをしていたそうです。

長く途絶えていた祭りをユタが復活して執り行ってきましたが、それもまたいつまで見られるかわかりません。

降臨の地について、とある研究家の方が、日本書紀の女神イザナミ様はこの場所に降臨し、男神イザナギ様は沖縄のある海岸に降臨したと考えていると言っておりました。

ちなみに近所のおじちゃんユタ神様によれば天岩戸は沖縄の伊平屋島にある天岩戸が本当の場所で、じつは天岩戸とは女性器のことで、そこから神が誕生したという意味だそうです。ユタでその場所に呼ばれる方は、天岩戸の前で自分の女性器を見せてお祈りをするのだと言っていました。

ある時この神社の修繕の手伝いをしていると、神社の上の方に黒い銅でできたような大きい鏡を首からぶら下げている白い着物の女性が立っているのが視えましたので、その場所に行くと、写真の墓がありました。後で神主(ユタ神様)に聞くと、その墓はノロの墓で、その中に神道具があったのだけれど盗賊に盗まれたとのことでした。

この神社周辺は霊的存在の目撃談がとても多い場所でもあります。7柱の神々、天狗、武士、ノロ等です。

神社に登る石の階段はとても急でかなりハードです。それからハブの出現率も高いので、暑い日や夕暮れは絶対に上がらないでください。


長雲峠

「十五夜祭りをしたいのですが何処の場所がよろしいですか?」

「あぁそれなら長雲(ながくも)がいい。今は自然公園になっていて足元もいいし展望台もあるからあそこがいいよ」

「あそこは、山の神が住んでいる場所じゃからチヂン(太鼓)をドンドン大きく叩いて神様を起こしてうがめば(拝めば)最高じゃが」

我々は十五夜の日に、ユタ兄弟達とこの場所に月を拝みに行きました。夢中でチヂンを叩き、神唄を唄い、皆がそれぞれ激しい神がかり(トランス状態)になりお祭りをしました。

帰りは月の光以外にはない山の中ですから道が見えず、線香を持ち誰もいない真っ暗闇の道を歩きながら、皆で迷わないで帰してくださいと祈りながら歩いていると、まるで蛍の光のようなものがほんわりと道順を教えるかのように見えてきたので、皆でこれを行けば帰れると信じて行くと車の止めてある道へと出ることができました。今でもあの光は何だったのかと思います。

やっと車にたどり着き、車に乗って、蛇にも会わず無事に来れたことを皆で顔を合わせて胸をなで下ろしました。

そして車のエンジンをかけてスタートして直ぐに車が大きくバウンドしました。運転手がやっちゃったかもと言って、車を止めて少し戻って見てみると、道路に長いハブが動いていました。

ハブはノロ様の使いとか山の神とか言われていますが、それは特殊な大蛇をさします。また山の神様が山に入らせたくない時にわざとハブを見せると言われ、特に道を塞ぐように出てきた場合はその意味が強いと言われています。

奄美の新聞で、自然調査の団体等が山に入る前にユタにハブ除け祈願をしてもらう記事を見たことがありますが、とても大事なことだと思います。

暑い日や夜の山はくれぐれもハブに注意して下さい。


長雲に向かう道を長雲峠と言います。日本一早い桜が咲く花見の場所でもあります。ヒカンザクラという種類で、2月頃に咲きます。現在の長雲は自然観察公園となっていて、珍しい植物を観察できます。

バードウォッチャーにも人気の場所で、立派なカメラをセットしている内地の方や音声機器で鳥の声を収録している方々を見かけます。こういう方達のお話を聞くのもじつに楽しかったりしますので、見かけたら話しかけてみてください。



撮影:奥平純子


円集落近辺(竜郷町)

竜の郷と呼ばれる場所に、時折現れる"竜の目”

私の聖地でもあります


円集落の山に一番最初に高千穂神社が建てられて、そこから移動したと聞きました。

円集落から長雲に向かう山の途中にシルイシという場所があります。これは昔異国の兵士がここに石を運んで要塞を作った跡だと伝えられている場所で、そこで朝早くに神がかりになり遠吠えをしていた男ユタがいました。

また、その場所の近くで畑をやっていた私の親戚が、ある日平坦な更地に緑色の体をしたケンムンが座って寝ていたのを目撃したとして、新聞社等が押しかける騒ぎもあったそうです。

ケンムンの現れる場所はだいたい聖地です。私はケンムンは人間が聖地を荒らさないように見張りをしているのだと考えています。


男子禁制のノロお祭りをしていた場所、ここは色々とうわさ話があり村人は近づきたがらない


円集落から安木屋場に向かう採石場の上に、天狗に呼ばれて行ったらコモリ(水が溜まっている場所)があったので、そこを聖地にしたというユタがいたとのことです。ここもまたケンムンが出ると噂の場所です。

そこからさらに進んだ、芭蕉群ソテツ群の山は圧巻です。私は物凄いパワーを感じます。パワースポットです。


愛加那の井戸(本龍郷)

近年、二カ所の井戸が発見されました。この井戸の真上には西郷隆盛の愛加那の畑があった事から愛加那の井戸として、守っていきたいと地域のボランティアで囲いを作りました。

井戸の後ろの木は、まるでジブリ映画に出て来そうなシカの顔に見えませんか?
じっと、この井戸を守り続けて来た木の妖精かも知れませんね.

瞑想の広場

更に、この近くに誰でも自由に瞑想したり出来る場所もボランティアの方が作って用意してます。山側には不思議な仏像が二体あったり、時期になるとホタルが沢山見られる、不思議なスポットです。


スピリチュアル喫茶(かぜのおくりもの)


管理している方はこちらのお店の方ですので、場所が分かった人は訪ねて見てください。
スピリチュアル好きの御夫婦からとても楽しいお話が聞けますよ。


平行盛神社


奄美に伝わる平家伝説は(日本各地にもあるみたいですが)、じつはユタとのつながりも深いのです。

私の親ユタである興ナツコ神様から生前に聞いた話ですが、ユタの儀式や神様のお祀りの仕方に深い影響を与えていると言うのです。

まず、榊は平家の庭に植えてあったことから神棚に置くようになった。そして、シュギ(白玉)の作り方は平家が伝えたとのことでした。

ユタの七カ所参りには平家神社3カ所が入っていることから、ユタも大事にしているということが窺えます。


厳島神社


小湊の海岸に昔から子宝のユタといわれる方がおり、そのユタが呼ばれて行った神社がこちらで、ここに祀られて特別な日にしか見ることのできない奄美市指定文化財の木彫りの仏像(十五童子弁才天像)から力をもらっていると話していました。

私たちは管理人に、七カ所参りに来たので是非中でお祭りをさせてほしいとお願いしたところ、我々のシロギン(神衣)を見て快諾していただき、鍵を開けて中に入れてもらいました。

ここで神つなぎの儀式をしていると、皆かなり強い力に動かされ、くるくる廻っていました。

この神社ではお参りをして子供を授かったという人たちの話で有名です。


金刀比羅神社


この神社はエネルギーが強かったです。

七カ所参りで車の運転等でお供していただいていた、ユタではない身内の者が、ただ一カ所ここだけ、体が強い力で動かされて本人も首をひねりながら、勝手に動く自分の体を傍観していたと言っておりました。

写真を見て何か感じる人は実際に行かれると動きが出るかもしれません。

ユタ仲間のKさんは神社に着くと、勝手に体が引っ張られ、まずその周りを左から廻り四柱の神々に挨拶してからでないと神社の中に入れないようだと言っていました。

私も気がつくと同じような動作をしていました。不思議です。


平有盛神社


奄美には「平」という苗字の人と、名前に「盛」がつく人が多いそうです、それは平家伝説の名残ではないかと言われています。

この神社の近くにトロロ墓と呼ばれているノロ墓があります。この墓には古代文字が刻まれていました。

沖縄の深海からもこの文字が出ていますし、私の沖縄生まれの祖母の母親の時代頃まで、女性は生まれてすぐハジチという刺青を手の甲にする習慣があったようです。これは一種の魔除けだったみたいです。

それから、私達を歓迎するかのように空に蝶のつがいが現れました。蝶は神的なものです。つがいということは男女二神が見守ってくれていたのかもしれません。


金久弁才天(厳島神社)


近くの漁師達の神様です。ユタの祝詞の中にもあります。金久中学校に向かう途中の山の上にあります。そんなに高くないので登れますが、一時期崖崩れで遮断されていましたので、その後どうなっているかは未確認です。

ここで祝詞をあげている時にキャッチした映像は、ノロ達とムラの人達大勢が牛を一頭連れてここに向かってくるのを視ました。おそらくその牛は神に奉納し、村の繁栄を祈願していたように感じました。


徳浜の断崖

私の兄弟ユタはこの海を聖地として呼ばれて、足のつかない荒ぶる海にシロギン(白い着物)で入り、祝詞を唱えると龍神が体に入ったような感じとなり、勝手にしばらく立泳ぎをしたという不思議な体験をしたと話していました。ここには金色に輝く大きな龍神が住んでいるとのことです。


<奄美大島南部>


マテリアの滝(壺)

マテリアの滝は太陽の光をもっとも美しく反射させる滝壺として奄美では知られています。太陽の神と水の神が交じり合う場所と言ってもいいかもしれません。

奄美の伝説によれば、思松金(オモイマツガネ)という絶世の美女が太陽の光にさされて、太陽の子供を身ごもり、神の子供をこの世に誕生させたという話があります。それがユタの祖と言われていますので、ユタにとってのお母さんは「水(思松金)」でお父さんは「太陽(ティダガナシ)」です。

ユタは個人個人の水の聖地、神の子として目覚める場所を持っています。親神様から私達ユタは思松金様の体の一部から生まれたと教えられています。

この場所はとあるユタグループの修行の場所でもありました。話によれば岩につかまりながら滝の勢いの強いところまでいって滝に打たれたそうです。時には観光客などに写真を撮られたりなどして恥ずかしかったと言っていました。

私の霊感で視ると中央に茶系で10mぐらいの大きさの山の精(龍神様)が視えました。迫力がありすぎて近くまでいけませんでした。ここの川はけっこう広く、夏は子供達の水遊びの場所にもなっていますので、足を入れたりしても神様に怒られたりはありませんので参考までに。


湯湾岳

展望台からの眺め

湯湾岳:駐車場

上り口は少し新しく整備されていましたが、管理人などはいませんので人に会わないことがほとんどです。奄美の高い山は夕方になると道路にハブが出てきますので、明るい時間に行ってください。

アダチ神様という男ユタから聴いた話で、昔この山に登ったユタが頂上付近で大蛇に物凄い光を浴びせられ、失明したことがあるので恐ろしい山であると言っていました。

私は何回か登りましたが、そのような気配すら感じたことはありませんので大丈夫だと思います。

湯湾岳:祠

湯湾岳の山頂に赤い鳥居があり、そこを抜けると祠等が密集しています。

そのアダチ神様が親様と一緒に二人で作り上げたという祠が下の写真の奥に写っている祠です。アダチ神様もご高齢で入院されているとのことですので、この祠の由来を誰もわからなくなる前にここに書いておきたいと思います。

ここを聖地として、新たな神道のようなものを作りたかったようです。ここに何度も足を運び祠を作っている時に、「ホー、ホー」とケンムンの声が聞こえたけれど無視したと言っていました。

湯湾岳:標高の一番高いところ


アダチ神様の話ではここにケンムンがいるとのことで、一度会ってみたいと思い来てみましたが、残念ながらケンムンには会えませんでした。何枚か写真を撮ってみると、この写真ではありませんが、うっすらと丸い発光体(オーブではない)が映っていたのがありました(紛失)。

湯湾岳:天孫降臨の地

神域の一番高いところあります。

コメント

ある日のこと。湯湾岳に登ると、中年女性が二人、祠と神域全体を掃除して枯れ木等を集めて燃やしていました。

ここで人に会うことは初めてでしたので話を聞いてみると、過去に物凄い神がかりに悩まされてユタの指導を受けていたが一向に苦しみは治まらず、悩んでいたところ気がつくといろんな神社や聖地を掃除して歩くようになり、そのころからピタリと神障りは収まったらしく、今は自分がユタになるということからおりて、現在は掃除の業をすることで自分が守られていられるのだろうと考えています、とのことでした。

*湯湾岳にはもう一つ「与湾大親」の石碑もありました。琉球王国時代、奄美大島を治めた大親の一人だそうです。沖縄のノロ関係の方が参拝に来られるみたいてす。

湯湾岳の聖地は鳥居を抜けると、5つも神が祀られています。何かそれだけの魅力があるということでしょう。

気持ちのいい山道


タンギョの滝

*写真がありませんので、リンクを張っておきます。
奄美大島探検マップ

奄美で一番長い滝(だったと思う)。

じつはここは何度か頭に映り、ある時期に呼ばれていましたが、なにしろ道のりが険しくて断念したのです。

行く方法は二通りで、滝の上から降りる方法と、川づたいをあるいて行くかです。

親ユタからあそこは昔はとてもパワーのある聖地として、ノロが修行をしていたと聞きました。

川づたいを歩いて行っていたそうですが、濡れずに行くのは無理そうですし、滝は見えますがかなり距離もありそうです。

いずれ行かねばと思っています。


ホノホシ海岸

「あそこの石を持って帰ったらいかんよ」

ここは荒波に揉まれた石が削られて、まん丸い石が海岸いっぱいにある神秘的な場所です。最近ではユタの間でも聖地としての話題は聞かなくなりましたが、昔は聖地として、ユタがお祈りをしていたようです。

ここにはやはり荒波のごとく激しい神様がいる場所ということで、昔ここから石を持って帰った女性が突然目が見えなくなって、ユタに神障りのお祓いをしてもらって助けられたという話があります。

皆さんもどうか石は持って帰らないようにお願いいたします。


<加計呂麻島>


大屯神社


平資盛を祀る大屯(おおちょん)神社

加計呂麻(かけろま)島にあります。ここもユタの祝詞にあり、多くのユタが訪れています。

年一回秋に「諸鈍(しょどん)シバヤ」というお祭りがあります。これは平家が伝えた芸能として伝えられており、バスツアーもあるくらい有名です。

この近くで工事のため土を掘っていた作業員が、突然意識が錯乱して首がクルクル廻り自分で止められなくなりました。すぐに病院に行きましたが治まらず、近所のおじちゃんユタ神様を尋ねてきたそうです。親ユタの判断は「神障り(かみざわり)」。

そこに神様がいて、動かしてはならない石を動かしたことが原因だったみたいです。近所のおじちゃんユタ神様はその神様にお詫びの儀式をしました。すると、とたんにうそのように首の動きが止まったそうです。


実久三次郎神社

実久(さねく)三次郎神社

加計呂麻島にあります。こちらもユタの祝詞にあり、多くのユタがつなぎに来ています。

こちらに祀られている実久三次郎という方はとても力持ちで、大きな石をかなり遠くまで投げることができたという話を親ユタから聞きました。また境内には実久三次郎の大きな足跡が残る石が保存されていることから、かなりの大男だったようです。

あくまで伝説ですが、この近くの大きなガジュマルの木の下に神様の宝物が埋められているという噂があります。 その宝を守るためかケンムンの目撃談もあり、祟りを恐れ誰一人掘りかえそうという方はいないみたいです。


<その他>


大浜海岸

朝、波の音で目覚める。

「あれ?俺はなんでこんな場所にいるんだ」

夜の飲みに出かけると朝は決まってこの浜で寝ている。
男はユタの家のドアを叩いた
「どうしてなんですか?」

ユタ神様が静かにこう言った。

『海の神様に呼ばれているんじゃね』

夕日の綺麗な海水浴場でもあります。

はまゆうの花、昔はユタの指示で魔除けの花として玄関などに置かれたそうです。
がじゅまるの木。妖精の住む木として知られています。


タラソ奄美の竜宮 私の大好きな施設です、島にいる時は必ずいきます。
禊祓いは海の水(塩)が一番強力です、目の前の海水が使われていますので、最高の禊とリラックスタイムが過ごせます。露天ジャグジーでは美しい夕日が見れます。

私は目に見えない仕事の疲労がここで面白いくらいに取れます。
おすすめです!


奄美クレーター(赤尾木湾)

遠い昔に隕石が落ちたんじゃないかと噂される不思議な場所。
兄弟ユタがとてもパワーが強い場所だということで、何人かの方をお連れしたことがあります。皆さんパワーを感じるとのことで、中にはパワー酔いしてしばらく動けなくなった方もおりました。

この場所でのヒーリングや瞑想は、また格別です。


黒潮の森マングローブパーク


マングローブ原生林をカヌーで進みます。神の鳥シロサギ、そして真昼の月、とても神秘的な場所です。ある場所にきますと下っ腹から突き上げるようなエネルギーを感じます。それを探してみるのも楽しいと思います。

私のお気に入りの場所ですので奄美パワースポットガイドする時は必ずお連れしてます。


金作原原生林

モスラの映画でも使われるほど、いかにも恐竜が出てきそうな場所です。
ユタとはあまり関係はないのですが、古代の自然パワーが満ち溢れている場所ですので、足の裏から身体に吸い込むイメージで呼吸をするとパワーがみなぎって来ますよ。
パワースポット巡りでは必ずお連れする場所の一つです。


番外編(不思議スポット)

*詳細な場所は、省略させていただきます。お察しください。

○○島トンネル

○○島のトンネルに観音様が浮き出たと新聞で騒ぎがあったことがあります。トンネルの○熊方面の岩肌で、修復作業か何かの時に現れたと書いてあった記憶があります。

トンネル付近で幽霊の目撃談も多いです。

○仁の一本松

ここも昔から女の幽霊が出るとても有名な場所です。最近は石碑も立ち綺麗になって、そんなことも知らない人達が夕方ランニングをしていたりします。

私はこの一本松の少し上のほうで、精霊の歌声を聞いたことがあります。物凄い超音波のように高い声で、完全和音でメロディも息継ぎもない、一直線だけれども何とも言えない美しい唄でした。皆さんも是非唄を聴きに行ってみてください。

某団地

ここは、ほんとに心霊スポットだと思います。いまだに目撃談が絶えません。近くの幼稚園、また団地の上の山に三つの火の玉(ケンムン?)が現れて消えたとか。ここの近くに住んでいたユタ仲間も、いろいろ見たと言っていました。

某所の時計台

私も実際に見ました。時計台をバックに撮った写真に時計台の横にいるはずのない子供が写り込んでいて、大騒ぎになったことがあります。しばらくその時計台では写真を撮らなくなったと聞きましたが、もう30年近く前の話ですから、今はどうかわかりません。


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